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福井地方裁判所 昭和57年(モ)432号 判決 1985年1月25日

債権者

ドクトル インジニール ハーツェー エフポルシェ

アクチェン ゲゼルシャフト

(以下「ポルシェ・アーゲー」という。)

債権者

ポルシェ デザイン プロダクツ フェルトリープス

ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング

(以下「ポルシェ・デザイン」という。)

右両名訴訟代理人弁護士

中村稔

松尾和子

同復代理人弁護士

辻居幸一

同輔佐人弁理士

加藤建二

債務者

株式会社シーレックス サングラス

右訴訟代理人弁護士

小酒井好信

右輔佐人弁理士

神保欣正

主文

一  福井地方裁判所昭和五七年(ヨ)第五二号不正競争行為差止仮処分申請事件につき、同裁判所が昭和五七年一〇月三〇日になした仮処分決定中、債権者ポルシェ・アーゲーの申請にかかる分を認可し、債権者ポルシェ・デザインの申請にかかる分を取消す。

二  本件仮処分申請中、右取消しにかかる部分はこれを却下する。

三  訴訟費用は、債権者ポルシェ・アーゲーに生じた費用と債務者に生じた費用の二分の一を債務者の負担とし、債権者ポルシェ・デザインに生じた費用と債務者に生じたその余の費用を債権者ポルシェ・デザインの負担とする。

四  この判決は、第一項の取消しにかかる分に限り、仮に執行することができる。

五  本件につき、債権者ポルシェ・デザインのために控訴の附加期間を九〇日と定める。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  債権者ら

1  主文第一項掲記の仮処分決定を認可する。

2  訴訟費用は債務者の負担とする。

二  債務者

1  主文第一項掲記の仮処分決定を取消す。

2  債権者らの本件仮処分申請を却下する。

3  訴訟費用は債権者らの負担とする。

4  仮執行宣言

第二  当事者の主張

一  申請の理由

1  債権者ら及びその標章について

(一) 債権者ポルシェ・アーゲーについて

債権者ポルシェ・アーゲーは、高性能スポーツカーの代名詞ともいうべき「PORSCHE」自動車(以下「ポルシェ車」という。)の生みの親であるフェルナンド・ポルシェ博士(一八七五年〜一九五二年、以下「ポルシェ一世」という。)が一九三〇年に個人的営業としてエンジン及び自動車の設計事務所を開設したことに端を発し、一九三一年四月二五日以降会社組織に発展したドイツ連邦共和国の法律により設立された法人である。

ポルシェ一世は、天才的技能をもつて一九〇〇年のパリ万国博に出品したローナー・ポルシェ電気自動車の設計者として名声を博し、一九三九年にはヒットラーの依頼により、やがて歴史的大衆乗用車となる国民車「フォルクスワーゲン」を設計した。また、国家の補助を得てレーシングカーの製作にも尽力し、その自動車はスピード記録とレースにおける連勝の点でも世界記録を樹立した。

ポルシェ一世と同名のポルシェ二世は、その才能と名声を継ぎ、債権者ポルシェ・アーゲーの代表者となつて、一九四九年春、ジュネーブの自動車ショーにおいて「PORSCHE」(ポルシェ)の名称のついた最初のスポーツカーである「PORSCHE856」を発表した。この自動車は、小型高性能スポーツカーとして国際的需要に応じることとなつた。

債権者ポルシェ・アーゲーは、その前年である一九四八年にはフォルクスワーゲン車につき有する特許権をフォルクスワーゲン社に実施許諾することにより、名実ともにその経営を安泰させるに至つている。

その後、さらに父の名を継いだポルシェ三世は、一九六三年に不朽の名車といわれる「PORSCHE911」を製作発表する等し、ポルシェ車は今日に至るまで世界第一級のスポーツカーとしての名声と地位を維持している。

ちなみに、ポルシェ車の世界的なレース及びラリーにおける成果は、一九四八年から一九七七年に至るまでに第一位だけでも一〇〇回を優に超えるものであるが、ポルシェ車はこのようなレースカーにとどまらず、スポーツタイプのあらゆる種類の自動車に及んでいるのである。

なお、債権者ポルシェ・アーゲーは、一九七三年に関連会社ポルシェ・コマンディット・ゲゼルシャフトを合併して現在に至つており、現在の株主は、ポルシェ二世及びポルシェ三世とその三人の弟からなる五人の「ポルシェ家」の一族並びにルイーズ・ピーチとその四人の息子からなる五人の「ピーチ家」の一族の計一〇人で構成されている。

ところで、別紙(一)の(1)、(2)の標章は、債権者ポルシェ・アーゲーが早くから使用しているものであり、同(3)の標章は、ポルシェ一世が事務所を開設した時に採用したいわゆるポルシェ・エンブレム(以下「シンボルマーク」という。)であるが、債権者ポルシェ・アーゲーは今日に至るまで常にその製造販売するスポーツカー及び宣伝広告物につき、これらを使用している。

(二) 債権者ポルシェ・デザインについて

債権者ポルシェ・デザインは、一九七八年五月二八日にポルシェ三世及びその弟のピーター・ポルシェにより設立されたドイツ連邦共和国の法人である。

ポルシェ三世は、前記のとおり一九六三年に不朽の名車「PORSCHE911」をデザインしたが、その後一九七二年にオーストリアに自己のデザイン事務所を設立し、各種商品のデザインを業とするようになり、さらに弟とともに自己のデザインした商品の販売を目的として債権者ポルシェ・デザインを設立するに至つたものである。

債権者ポルシェ・デザインは、ポルシェ三世が中心となつてデザインしたサングラス、スポーツグラス、ヘルメット、時計、皮製品、靴、ウインドサーファー、ステアリングホイール、ミニカー等を他者に製造させ、自らはそれらの商品の販売を主たる業務とするものである。

なお、同社の株主は、ポルシェ三世及びピーター・ポルシェの二名のみであり、右二名は債権者ポルシェ・デザインの所有者であるとともに、債権者ポルシェ・アーゲーの所有者たる地位にあるのである。

ところで、債権者ポルシェ・デザインは、その扱う商品に別紙(一)の(4)の標章を使用しているが、債権者ポルシェ・アーゲーは、これを許諾している。さらに、債権者ポルシェ・アーゲーは、債権者ポルシェ・デザインの商品をポルシェ車のディーラーを通して販売することを認めており、現に右ディーラーによつて販売されている。

2  債権者らの日本における営業

(一) ポルシェ車について

債権者ポルシェ・アーゲーの製造するポルシェ車は、第二次世界大戦後、早くも一九五三(昭和二八)年には、三和自動車株式会社(以下「三和自動車」という。)を通じて日本に輸入され、以後着々と販売の実績を確保している。

三和自動車によるわが国でのポルシェ車の宣伝広告活動は、毎年定期的に行われる展示会をはじめとして、自動車レースへの援助、各種イベントの企画、実行により広汎に行なわれてきている。さらに、「CAR GRAPHIC」、「モーター・ファン」、「ル・ボラン」、「カー・トップ」、「モーター・マガジン」などの自動車専門雑誌、「交通毎日新聞」、「日刊自動車新聞」などの業界新聞、テレビ、看板等の多様な宣伝媒体を通しても継続的に行なわれてきた。また、顧客に対する年賀状、暑中見舞、あるいはカレンダー、ポスター等によつてもポルシェ車の宣伝がなされたことはいうまでもない。

これらに要する費用は、昭和五四年には総額金一億六九二四万二〇七四円、翌五五年もほぼ同額、昭和五六年には金一億〇七五五万六七四四円という膨大なものとなつている。

(二) サングラスについて

ポルシェ三世のデザインしたサングラスは、一九七六年以降オーストリアの著名なスキー用ゴーグル等のメーカーであるカレラ・インターナショナル・ゲゼルシャフト・ミット・ベシュレンクテル・ハフツング(以下「カレラ社」という。)により製造販売されていた。

右のサングラスは、日本においては、リーベルマン・ウエルシュリー・エンド・コンパニー・エス・エイ(以下「リーベルマン社」という。)を通じて輸入され、一九七八(昭和五三)年五月以降正式に販売が開始された。その販売量は着々の増加し、昭和五三年には九四九五本、昭和五四年には二万六二二七本、昭和五五年には一万九三一一本、昭和五六年には一万六七六五本に達しており、伊勢丹、高島屋、西武、そごう、東急、三越、小田急、丸井等の全国の一流デパートや東京、大阪、名古屋、広島、福岡、仙台、札幌を中心とした全国の眼鏡店、時計店において取扱われている。

また、リーベルマン社は、毎年四月と九月の二回、東京、大阪、名古屋、仙台、札幌の一流ホテル又は展示場で独自の展示会を行なうほか、一般の眼鏡展示会にも参加して商品を展示しており、さらに、眼鏡界で最も権威のある「近代めがね」、「眼鏡」等の雑誌にもほとんど毎回広告を出している。

なお、カレラ社は、ポルシェ三世及び一九八〇年一月五日以降は正式に債権者ポルシェ・デザインから許諾を受けてポルシェ三世のデザインしたサングラスを独占的に製造しているが、その販売は債権者ポルシェ・デザイン及びカレラ社においてなされており、これらの製品はすべて債権者ポルシェ・アーゲーが債権者ポルシェ・デザインに使用を許諾した別紙(一)の(4)の標章が付されている。

3  債権者らの標章の周知性について

(一) 別紙(一)の(1)ないし(3)の標章がわが国において広く知られていることについて

(1) 別紙(一)の(1)ないし(3)の標章(以下「本件標章」ともいう。)は、わが国を含む世界各国において、早くからポルシェ一世の個人営業から出発した債権者ポルシェ・アーゲーの製造販売にかかる自動車の商標であると同時に、その著名な自動車の製造販売者である債権者ポルシェ・アーゲー自体の営業を表示するものとして著名であることは、スポーツカーの愛好者のみならず、広く一般人にもよく知られた公知の事実である。

(2) 右の標章がわが国において著名となつたのは、前記の三和自動車の企業努力もあつたが、ポルシェ車は、わが国における当初の輸入当時からすでにヨーロッパの高性能スポーツカーとして著名であつたのである。

(3) そして、昭和四〇年ころからわが国においても鈴鹿サーキットや富士スピードウェイで自動車レースが開催されるようになり、これらのレースにポルシェ車が参加して優勝を争う様子がテレビでも放映され、さらに、レーサーを主人公とする漫画が子供の間にも人気を占めるようになり、前記標章は子供にまで馴染まれるようになつた。

(4) これを示すものとして、昭和五〇年ころからはじまり昭和五二年に頂点に達した「スーパーカー・ブーム」がある。「スーパーカー」とは、わが国独得の用語であり、自動車が貴族や金持ちの注文に応じて作られた伝統をふまえて、設計者が夢の車として作つたぜいたくな高性能車を指し、車を超えた車という意味で名付けられたといわれる。「スーパーカー」は子供達の間でブームを呼び、「PORSCHE934R」はその代表的なものとして憧憬の的となつた。

そして、「スーパーカー」は流行語となり、スーパーカー・ショーには一日で二〇万人の見物者があつたといわれている。

また、ポルシェのシンボルマークは、文房具、靴、ベルト等の商品のデザインとして使用され、子供達の間で大変な人気を得た。

テレビでは、子供向けの「スーパーカー・クイズ」という番組も登場し、人気歌手山口百恵のヒット曲の中にも「真赤なポルシェ」という歌詞が使われていた。

(5) そして、ポルシェ車に関する書物は世界中に多数発行され、わが国においても多数の書物が刊行され、自動車の専門雑誌にもしばしば「ポルシェ特集」が掲載されている。

三和自動車においても、「CAR GRAPHIC」誌の昭和四六年六月号から昭和四九年二月号にかけて、毎号一頁のスペースで「PORSCHE HISTORY IN JAPAN」という表題で、わが国におけるポルシェ車の歴史を掲載して好評を博し、後にこれを一冊の本にまとめて出版している。

(6) ポルシェ車のファンは、世界各国に数多く、また、各国のポルシェ車の所有者は、クラブを結成して親善を深めている。

わが国においても、昭和三七年には「ポルシェ・クラブ・オブ・ジャパン」が結成され、会員は親睦、ポルシェ車のメカニズム、管理等の情報交換、債権者ポルシェ・アーゲーや三和自動車との友交関係を結ぶなどし、年に六回の各種催しを開催している。

(7) さらに、ポルシェ車の熱心な愛好者の中には、個人的に収集した各種のポルシェ車を一般に公開するため、昭和五六年に、神奈川県の箱根で「ポルシェ博物館」を開設する者もあり、右博物館はポルシェ車のファンの人気を集めている。

以上のような事実によれば、別紙(一)の(1)ないし(3)の本件標章が、わが国において、おそくとも昭和四〇年代から昭和五〇年代の初期には著名なものであることは明らかである。

(二) 別紙(一)の(4)の標章がわが国において広く知られていることについて

別紙(一)の(4)の「PORSCHE DESIGN」あるいは「ポルシェ・デザイン」という標章は、前記のとおり債権者ポルシェ・デザインが、債権者ポルシェ・アーゲーからその使用を許諾されているものであるが、右標章は、その構成上、「PORSCHE」のデザインした、もしくは「PORSCHE」風の、という意味合いで取引者、需要者に受け取られるから、その要部が「PORSCHE」「ポルシェ」にあることは明らかである。このため、デザインの占める重要度が高くかつイメージがスポーツカーと共通する商品であるサングラスについて「PORSCHE DESIGN」「ポルシェ・デザイン」の標章を使用することにより、高級スポーツカーのイメージと同様のイメージを顧客に与えることが可能となるのである。

現に、リーベルマン社は、サングラスの宣伝広告にあたり、ポルシェ車を利用した説明文句を用い、カレラ社は一定の態様でサングラスのフレームやレンズに「PORSCHE DESIGN」の文字を表示している。

周知表示を利用することにより、ゼロから出発して顧客吸引力(周知性)を獲得する必要がないからこそ債権者ポルシェ・デザインは「PORSCHE」の文字を使用したのであり、取引者、需要者はそのサングラスを製造源、販売源よりも名車ポルシェ又はポルシェ車のデザインと結びつけて認識しているのである。

このようなことは、著名標章の商品化事業にみられるとおり、使用される標章が有名であるときにしばしばある現象であつて、本件に特有なことではない。

世界的に周知である「PORSCHE」の標章を要部とする「PORSCHE DESIGN」の標章は、前記のわが国における営業の事実関係のもとで、おそくとも昭和五三年には、わが国のサングラスの取引者又は需要者の間で周知性を獲得しているものである。

4  債務者の行為

債務者は、昭和五四年四月一一日、「PORSCHE」サングラスを発表した。そして、その後、三和自動車が第三者の「PORSCHE」の商標登録出願から生じた権利中、眼鏡に関する部分の分割譲渡を受けたのを知り、三和自動車の許可を得て別紙(二)の(1)ないし(3)の標章を大々的にそのサングラス及びその宣伝に使用開始した。

債権者らは、三和自動車が債権者らに無断で右許可をしたためこれに抗議した。その結果、三和自動車は、債務者との商標使用契約を昭和五五年一二月二七日をもつて解除し、その際、債務者の在庫品処理期間として八か月の猶予期間を認めた。

しかしながら、債務者は、右の猶予期間の経過した昭和五六年八月二七日以降も、引き続き前記標章を使用してサングラスの製造販売を継続するのみならず、展示会、新聞、雑誌等の宣伝広告を継続し、その宣伝文句も「永遠の名車ポルシェ」などの言葉を用い、ポルシェ車と関係づけた内容となつている。そして、債権者らの警告に対しても、一向にその行為を中止しようとしない。

5  債務者の行為が不正競争防止法(以下「法」という。)一条一項一号及び二号に該当することについて

(一) 標章の類似性

(1) 債務者がサングラスに使用している「PORSCHE」のローマ字書体は、債権者ポルシェ・アーゲーがその自動車に使用するものとまつたく同一である。また、その片仮名表示である「ポルシェ」の標章並びにシンボルマークは実質的に同一であることが明らかである。

(2) 債務者が使用する「PORSCHE」「ポルシェ」の標章は、また、債権者ポルシェ・デザインの「PORSCHE DESIGN」「ポルシェ・デザイン」とも極めて類似している。すなわち、「PORSCHE DESIGN」のうち、「DESIGN」(デザイン)の部分は外来語としてそのまま通用する馴染みのある英語であつて、前記のとおりその要部は「PORSCHE」の部分にあるものと考えられるのである。そうすると、「PORSCHE」は「PORSCHE DESIGN」とも類似しているものというべきである。

(二) 商品の出所及び営業主体の混同について

債権者ポルシェ・アーゲーの有する「PORSCHE」「ポルシェ」の標章は、スポーツタイプの自動車の商標であり、かつ債権者ポルシェ・アーゲーの著名な営業表示であるところ、自動車運転の際には、太陽光線を避けて高速度でも安全な運転ができるように、あるいは現代風のカッコよさを示すために、ドライバーがサングラスを着用することが極めて多い。また、ポルシェ車のイメージは、機能美、スマートさ、すぐれたデザイン、斬新さ等であり、サングラスのイメージないしサングラスを使用する者の求めるイメージと共通している。このように、自動車とサングラスとは、用途とイメージ並びに需要者層において密接な関係を有しているのである。債権者ポルシェ・デザインが、債権者ポルシェ・アーゲーの許諾を得てサングラスに「PORSCHE DESIGN」の標章を使用しているのも、ガソリンスタンドがしばしばサングラスを販売しているのも、また、自動車の専門雑誌にサングラスの広告や記事が掲載されているのも、右のような密接な関係が存するからにほかならない。もつとも、サングラスの普及は、ドライブと関係のない日常生活にも及んでいるが、他方、ポルシェ車の周知度もドライバーを超えて広く深いのである。

このような事情の下に、債務者が、債権者ポルシェ・アーゲーの商品表示兼営業表示と書体まで同一の「PORSCHE」をサングラスに使用し、かつ、シンボルマークやポルシェ車とも関連づけてサングラスの営業を行なつているため、取引者、需要者間に、あたかも「PORSCHE」の付された債務者のサングラスが、債権者ポルシェ・アーゲーもしくはその兄弟会社である債権者ポルシェ・デザインの取扱いにかかる商品であるかのように誤認混同を生じさせるおそれがある。

また、債務者の「PORSCHE」及び「ポルシェ」を付したサングラスの営業が、債権者らから商標の使用を許諾され又は技術上のノウ・ハウを与えられているか、その他両者間に何らかの人的、物的、契約関係があるかのように商品の出所及び営業の主体につき混同を生じさせるおそれがある。このことは、債権者ポルシェ・デザインのサングラスの広告と債務者の「PORSCHE」の付されたサングラスの広告とが同じ眼鏡の雑誌に掲載されていることや、債務者がことさらそのサングラスをスポーツカーと関連づけて広告していることによつて助長されており、現に両社のサングラスを扱つているデパート、小売店では、両社の商品を混同して一緒に並べたり、債権者ポルシェ・デザインのディスプレイ用品を債務者のサングラスに使用する等現実の混同が生じている。

(三) 債権者らの営業上の利益を害されるおそれ

債務者の商品と債権者らの商品及び債権者ポルシェ・アーゲーの営業活動と具体的混同が生じている以上、債務者の行為により債権者らの営業上の利益が害されることはいうまでもない。

よつて、債権者らは、法一条一項一号及び二号に基づき、債務者に対し、その行為の差止めを求める権利を有する。

6  仮処分の必要性

債権者らの別紙(一)の各標章は、債権者らの長年の努力により得た巨大な名声、信用に基づき著名性が獲得されたものである。債権者らのコントロールしえないところで、債務者がこれと同一ないし酷似する標章を使用し、債権者らの商品及び営業活動と混同を生じさせる行為を継続するならば、債権者らは重大な営業上の損害を被ること明らかである。このような名声、信用に対する侵害は、金銭によつて単純に補償しうるものではなく、また、その損害は金銭で補償されたからといつて回復しうる性質のものではない。

したがつて、ただちに債務者の行為を差止める必要性が存する。

以上の事情のもとに、昭和五七年一〇月三〇日、債権者らの申請を認容する本件仮処分決定がなされたのであるが、これを取消さなければならない理由は存しない。

よつて、本件仮処分決定は認可されるべきである。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1の各事実は不知。

2  同2(一)の事実中、ポルシェ車がはじめて日本に輸入された時期は否認し、販売実績や宣伝活動が広汎になされている旨の主張は争う。

排気量二〇〇〇ccを超えるポルシェ車のわが国における販売実績は、昭和五〇年度では、国内の車両販売総数の0.00445パーセント、輸入車両総数の0.72パーセントにすぎず、昭和五六年度においても、国内車両販売総数の0.0054パーセント、輸入車両総数の1.6パーセントにすぎない。

また、宣伝活動についても、その宣伝広告費はわが国の主力自動車産業メーカーが支出した金額に比較すると極めて少額であり、そのうえ広告を掲載する雑誌等も自動車のマニアなど特定の者を対象とするものであつて、とうてい広汎な宣伝活動があつたとはいえない。

3  同2(二)の事実中、カレラ社がオーストリアのスキー用ゴーグルのメーカーであることは認めるが、その余の事実は不知。

4  同3の債権者らの標章が著名又は周知である旨の主張は争う。

債権者ポルシェ・アーゲーは、本件標章が周知をこえて著名であると主張するが、著名というためには、ポルシェ車の台数が膨大であるか、強力な宣伝広告活動がなされていることが必須の条件であり、前記程度のわが国におけるポルシェ車の台数や宣伝活動では、その標章は著名とはなりえない。

債権者は、いわゆる広義の混同理論を主張する前提として右の著名性を主張するようであるが、広義の混同理論は、標章を付した商品の大量生産、販売、巨大な営業規模、資本力、強力な宣伝活動等によつて標章が著名となつた場合に適用されるべき考え方であり、その著名となる過程を重視すべきであるから、これを等閑視して結果である標章の著名性のみをもつてこの理論を適用することは誤りである。

なお、(一)の事実中、「スーパーカー・ブーム」の存在は認めるが、その担い手は子供達であり、また、ポルシェ車に関する書物の読者は、これに興味を有する特定の自動車ファンであり、「ポルシェ・クラブ・オブ・ジャパン」の構成員は少数のポルシェ車の所有者に限られ、さらに、「ポルシェ博物館」の観覧者は、わざわざ箱根まで足を伸ばすほどの熱烈な自動車マニアに限定されているのである。

また、(二)については、「ポルシェ・デザイン」の標章は「カレラ」とともに「カレラ・ポルシェ・デザイン」として一体として使用されているのであつて、その要部は「カレラ」の部分にあるものというべきである。

すなわち、広告をみると単独で「PORSCHE DESIGN」が使用されることは皆無であり、必ずその近接位置に、より大きな字体のデザイン化された「CARRERA」の文字が配されているのである。そして、広告中、「CARRERA」の文字は一貫して使用されているが、「PORSCHE DESIGN」については一貫性がなく、「CARRERA」の下には「SPORTS SUNGLASS」の文字が配されることもある。要するに、右広告の要部は「CARRERA」の部分にあり、「PORSCHE DESIGN」はその品質を表わす附記部分にすぎないのである。また、仮に「PORSCHE DESIGN」の部分にも要部が認められるとしても、「CARRERA」が商品「サングラス」の出所を示すハウスマーク(営業商標)であるのに対し、「PORSCHE DESIGN」はカレラ社が製造するサングラス中の特定のサングラスを同社の他のサングラスと区別するための機能等級商標にすぎず、指標力の程度がハウスマーク「CARRERA」に比べて弱いから、相当強力な宣伝広告を行なわない限り、それ自体の周知性は取得できないものといわざるをえず、本件程度の宣伝広告ではとうていこれに及ばないものである。

5  同4の事実中、債務者が「PORSCHE」の標章を付したサングラスを製造販売していること、三和自動車と交渉して「PORSCHE」の標章を使用したこと、本件仮処分決定がなされるまで右サングラスの製造販売並びに債権者ら主張のような宣伝広告をしていたことの各事実を認め、その余の事実は否認する。

三和自動車との商標使用契約の解除は、形の上だけのことであつて、実体として契約は解除されていない。

6  同5(一)の事実中、(1)の標章の書体が類似することは認める。しかし、「PORSCHE」の書体は、債務者がそのサングラスの枠に表示可能なように作出したものであつて、同一書体ではない。

(2)の「PORSCHE DESIGN」の標章とも類似する旨の主張は争う。

「PORSCHE DESIGN」なる標章は、構成上「PORSCHE」と「DESIGN」に軽重はなく、また、「ポルシェ・デザイン」と一連に称呼したほうが語感もよく、自然であり、あえて分離観察すべき理由は何ら存しない。両標章は、観念、外観、称呼において相違する非類似標章である。

7  同5(二)の商品の出所及び営業主体の混同の主張は争う。

商品「自動車」の用途は貨客を輸送することであり、商品「サングラス」の用途は人の目を光から保護し、あるいはファッション・アクセサリーとしての使用であつて、両者はまつたく独自の用途と異質の需要背景を有し、イメージ上も相互に他方を容易に連想しえず、両者は、何ら共通性を有しない。債権者らの論法では、ガソリンスタンドで販売するあらゆる商品、自動車専門雑誌に掲載される広告のあらゆる商品はすべて「自動車」と結びつくことにもなりかねず妥当でない。

混同の範囲を「自動車」と「サングラス」のような競争関係のない異業種にまで拡大するためには、その標章が著名の程度に達している必要があるが、債権者がポルシェ・アーゲーの標章が著名に達していないことは前記のとおりである。

仮に、本件標章が著名であるとしても、債権者ポルシェ・アーゲー自体は何らサングラスを製造販売するものではなく、また、これまでに一度もサングラスの宣伝広告をしたこともないのであるから、その標章を使用したサングラスが存在しても、これがただちに債権者ポルシェ・アーゲーと系列関係、後援関係を通じて製造販売されていると公衆が認識するはずがないのである。

サングラスが、債権者ポルシェ・アーゲーと経済的又は組織的に系列関係、提携関係、後援関係を有する他の企業から出ているとの誤認が一般消費者、公衆に生じない以上、何ら混同のおそれはない。

また、債権者ポルシェ・デザインとの関係においても、債務者の使用する標章は何ら混同のおそれは生じないのである。

すなわち、前記のとおり「PORSCHE DESIGN」の標章は、常に、サングラスの分野における周知標章「CARRERA」とともに使用されているのに対し、債務者の「PORSCHE」の標章は、常に、同じくサングラスの分野における周知標章である「SEELEX」及び「株式会社シーレックス・サングラス」の文字とともに使用され、「PORSCHE」が単独で使用されることは皆無なのである。

したがつて、取引者、需要者にとつて両標章を付したサングラスを区別することは、標章「CARRERA」と「SEELEX」の周知性とも相まつて極めて容易であり誤認混同は生じない。

8  同5(三)の事実は否認する。

なお、債権者ポルシェ・デザインは、自社創造標章を有するものではなく、その標章の使用につき何らの排他的権利を有する立場にあるものではない。

9  同6の仮処分の必要性は争う。

保全処分は、債権者の具体的損害を避止するのに最も有効であるとともに、債務者に加える損失が最も少ない方法でなされるべきである。

債務者が何らかの理由で「ポルシェ」サングラスの製造販売の中止を余儀なくされるとすれば、債務者は、長年にわたつて築き上げた得意先関係を離散せしめ、営業継続も不能となり回復することのできない損害を被ることになる。のみならず、その下請企業、取引関係者、債務者の従業員らの死活にかかる事態の発生も容易に予想されるのである。これに対して、債権者らの損害があるとすれば、後日の金銭賠償でも十分にまかなえるものというべきである。

したがつて、本件申請には保全の必要性も認められるべきではない。

よつて、本件申請は、被保全権利及び保全の必要性のいずれの点からも却下を免れないものである。

三  債務者の主張

1  標章の先使用の抗弁

債務者は、わが国において債権者らの標章が周知となる以前の昭和五二年七月以降、サングラスに「PORSCHE」の標章を付してその善意使用を継続している。

よつて、債務者は、法二条一項四号に基づき、別紙(二)の各標章につき先使用権を有する。

2  特別事情による仮処分取消し申立て

債務者は、本件仮処分決定の発令により販売活動に著しい停滞をきたし、このまま推移すれば仕入代金の決済その他支払手形の決済に危殆を生ずることが明白である。

将来、仮に債務者の標章使用が何らかの理由で違法と認定されたとしても、債権者らの損害は、金銭的補償によつて償うことができるが、債務者は、このままでは事業廃止に至る回復しがたい損害が生ずることになる。

よつて、右の特別事情により本件仮処分の取消しを求める。

第三  疎明<省略>

理由

第一被保全権利

債権者らは、本件仮処分における被保全権利として、法一条一項一号及び二号に基づく差止請求権を主張するので、その存否につき判断する。

一債権者ポルシェ・アーゲーの営業と本件標章の周知性

<証拠>によれば、次の各事実が認められる。

1  債権者ポルシェ・アーゲーは、自動車の設計技術者であつたポルシェ一世が一九三〇年に設立した設計事務所が発展して会社組織となつたものであり、自動車の製造販売等を目的とするドイツ連邦共和国法上の株式会社である。

別紙(一)の(1)ないし(3)の本件標章は、ポルシェ車の商標又はシンボルマークであるとともに、債権者ポルシェ・アーゲーの営業を表示するものとして、ポルシェ一世が事務所を設立して以来、今日まで一貫してポルシェ車及びその広告宣伝活動に使用されている標章である。

2  ポルシェ一世は、その設計した電気自動車が一九〇〇年のパリ万国博覧会に出品されて注目を集め、一九三三年には、ヒットラーの依頼により、後にフォルクスワーゲンとして知られる自動車を設計したことで世界的に有名となつた。

3  債権者ポルシェ・アーゲーは、右のように有名なポルシェ一世の設立した企業として知られていたが、一九四八年に至り、初の自社製作車として「PORSCHE356」を完成させて話題を呼び、一九六四年にはポルシェ車の代名詞ともいわれる「PORSCHE911」が発表されるに至つた。

これとともに、ポルシェ車は一九四八年以来、ル・マン二四時間レースやモンテカルロ・ラリーをはじめ世界各地の自動車レースで優勝をおさめ、その技術的な優秀性は世界的に知られていた。

4  そして、一九五三(昭和二八)年には、わが国にも、はじめて二台のポルシェ車が輸入され、その後、一時外国車の輸入規制により中断があつたものの、これが解除された一九六一(昭和三六)年以降は継続的に三和自動車を通じて輸入され、宣伝、販売されている。

また、一九六三(昭三八)年には、わが国においても第一回日本グラン・プリが開催され、以後自動車レースが盛んに行なわれるようになつたが、ポルシェ車は、わが国のレースにも当初から参加して、わが国の国産車と毎回優勝を争い、話題を集めた。

そして、一九六七(昭和四二)年ころに京都府警、愛知県警などに贈られた数台のポルシェ車は、高速道路における取締りのためのパトロール・カーとして利用され、その高速度がまた話題を呼んだ。

ポルシェ車を扱つた書物も多数出版され、雑誌等でポルシェ車が特集されることも数多くあつた。

5  さらに、わが国では、一九七五(昭和五〇)年ころからスーパーカー・ブームと呼ばれる高性能スポーツカーのブームが起き、一九七七(昭和五二)年にはそのブームが頂点に達し、スーパーカー・ショーには一日で二〇万人の見物客があつたといわれるほどの人気を集めたが、ポルシェ車もその代表的なものであつた。

このようなブームの中で、スーパーカーを扱つたテレビのクイズ番組があらわれ、自動車レースを扱つた漫画にポルシェ車が描かれたりした。また、一九七八(昭和五三)年に人気歌手山口百恵が歌つた流行歌の歌詞にもポルシェ車が登場して話題を呼んだ。

6  以上のわが国におけるポルシェ車及びその広告宣伝活動等には、常に本件標章が使用されていた。

以上の各事実が認められる。

そして、右事実によれば、わが国において、おそくとも昭和五三年中には、本件標章の付された自動車が債権者ポルシェ・アーゲーの商品であること、及び本件標章の営業主体がドイツ連邦共和国の企業である債権者ポルシェ・アーゲーであることは、自動車に関心のある特定の層をこえて、広く一般に認識されていたものと認められ、当時、すでに著名な標章であつたことが明らかである。

そうすると、本件標章は、法一条一項一号及び二号にいう本法施行の地域内において広く認識せらるる他人の商品たることを示す表示であり、他人の営業たることを示す表示に該当するものと認めるのが相当である。

債務者は、わが国におけるポルシェ車の台数が僅少であることや、広告宣伝費が少額であることを指摘して本件標章の周知、著名性を否認するが、右は本件標章の周知性、著名性認定の妨げとなるものではない。

また、債務者は、本件標章は、極めて限られたポルシェ車の熱狂的ファンにのみ知られているにすぎないとしてるる主張するが、前記認定事実に照らしていずれも採用できない。

さらに、債務者は、標章の著名性を論ずるにつき、その標章が著名となるに至る過程に特別の重要性があるかのように主張するが、右は独自の見解であつて何らそのように解すべき理由はない。

よつて、前記認定判断に反する債務者の主張は、いずれも採用することができない。

二債権者ポルシェ・デザインの営業とその標章の周知性

<証拠>によれば、次の各事実が認められる。

1  債権者ポルシェ・デザインは、一九七八(昭和五三)年五月にポルシェ三世及びその弟のピーター・ポルシェによつて設立されたドイツ連邦共和国法上の有限責任会社であり、ポルシェ三世のデザインを商品化することを主たる目的とする企業である。

2  ポルシェ三世は、債権者ポルシェ・アーゲーの代表的商品である「PORSCHE911」のデザイナーとして知られていたが、自動車以外の商品のデザインも手がけていた。そして、そのデザインを管理する必要から債権者ポルシェ・デザインを設立したものである。

3  ポルシェ三世のデザインした商品及びその宣伝広告等には、別紙(一)(4)の「PORSCHE DESIGN」の標章が使用され、また、ポルシェ車のデザイナーの作品であるとしてポルシェ車と関連づけた広告もなされているが、これらはすべて債権者ポルシェ・アーゲーの許諾がある。

そして、その商品は、債権者ポルシェ・デザインにおいて独自の販売をするほか、債権者ポルシェ・アーゲーの全面的協力のもとに、ポルシェ車のディーラーを通じて販売されている。

4  ポルシェ三世は、一九七六(昭和五一)年には、自己のデザインしたサングラスをカレラ社に製造させ、同社と共同して販売するようになつていた。

右のサングラスは、一部三和自動車のディーラーによつて、わが国でも販売されることがあつたが、一九七八(昭和五三)年五月に至り、いわゆる海外ブランド商品を扱う商社であるリーベルマン社によつてわが国に輸入販売されるようになり、同年中に九四九五本が輸入され、翌昭和五四年には、二万六二二七本が輸入されて全国のデパートや大型眼鏡店を通じて販売された。

5  サングラスの展示会は、次期の受注もかねて、毎年春と秋に全国各地で行なわれ、新製品の発表もこの機会に行なわれるが、リーベルマン社も毎年四月と九月に全国の大都市で独自の展示会を開くほか、各地の卸組合、小売商組合、眼鏡の協同組合等の行なう展示会に出品して債権者ポルシェ・デザインのサングラスを宣伝広告した。

また、昭和五五年以降は、眼鏡業界の専門雑誌や一般大衆雑誌にも、リーベルマン社が「名車ポルシェの卓越したデザイン感覚で知られるF・A・ポルシェ主宰のポルシェ・デザイン。」等の表現を使い、右サングラスの広告を掲載してその宣伝に努めた。

右のリーベルマン社の広告やサングラスに関するカタログ、ディスプレイ用品等はいずれも債権者ポルシェ・デザインからの原稿等に基づいてなされていた。そして、その際には常に、債権者ポルシェ・デザインの別紙(一)(4)の標章及びポルシェ・デザインの頭文字である「P」と「d」を組み合わせたマーク並びにカレラ社の標章が別紙(三)のように組み合わせて使用されていた。

以上の各事実が認められる。

債権者ポルシェ・デザインは、右事実関係のもとで、債権者ポルシェ・アーゲーの「PORSCHE」標章の著名性を背景として、これを要部とする「PORSCHE DESIGN」という別紙(一)(4)の標章は、債権者ポルシェ・デザインの商品又は営業を表示するものとして、昭和五三年中にはわが国のサングラスの取引者又は需要者に広く知られるに至つていた旨主張する。

しかしながら、右認定事実によれば、債権者ポルシェ・デザインは、別紙(一)の(1)ないし(3)の債権者ポルシェ・アーゲーの著名標章それ自体の商品化事業を行なうのではなく、債権者ポルシェ・アーゲーとは独立して、ポルシェ三世というデザイナーの作品を商品化しているものということができる。すなわち、債権者ポルシェ・デザインの設立目的は、右のとおり債権者ポルシェ・アーゲーの前記著名標章それ自体を商品化するというものでないのみならず、その使用する別紙(一)(4)の標章もその中に「PORSCHE」の文字を含んでいるとはいえ、債権者ポルシェ・アーゲーのそれとは別個の書体を用い、しかも、その使用については、債権者ポルシェ・アーゲーの著名な標章、シンボルマーク等を併用することはなく、広告宣伝の際には、別紙(三)のように、頭文字の「P」と「d」を組み合わせてデザインした独自のシンボルマーク及び共同事業者であるカレラ社の標章が、別紙(一)(4)の標章よりも大きく、目立つように併用されるのが通常であると認められ、結局、債権者ポルシェ・デザインは、債権者ポルシェ・アーゲーの著名標章とは明らかに別個の標章を使用しているというべきである。

右のような別紙(一)(4)の標章の書体及びその使用形態からすると、右標章は、「PORSCHE」の文字を含みかつこの部分が要部であるといえるとしても、全体として債権者ポルシェ・アーゲーの本件標章と同一視することはできず、本件標章からの独立性は相当強いものとみなければならない。

したがつて、右の事実関係の下においては、債権者ポルシェ・アーゲーの本件標章が著名であることをもつて、ただちに別紙(一)(4)の標章も著名又は周知であるとみることは相当でなく、著名な本件標章の存在を考慮しつつも、右標章につき独自に周知性の有無を判断すべきものである。

そして、右のような別紙(一)(4)の標章及びその使用形態の独自性に加え、債権者ポルシェ・デザインの主張する宣伝広告ないし販売の期間が極めて短かいこと、しかも、その内容をみると、前示のとおり、主として眼鏡業者を対象とした展示会にサングラスを出品し、デパート等を通じて展示販売したという程度にすぎないこと、輸入数量自体多くなく、その全部が主張の期間内に消費者に買上げられたとも考えられないこと、右期間内には、眼鏡業界の雑誌にすら広告の掲載等なされていないこと等を考えると、別紙(一)(4)の標章を付したサングラスの存在自体、多数の者の知るところであつたとは認め難い。

さらに、<証拠>によれば、リーベルマン社の輸入マーケッティング部長である同証人も、別紙(一)(4)の標章を付したサングラスの存在が消費者に広く知られるようになるには、二、三年の期間が必要と考えていることが認められ、また、<証拠>によれば、わが国のサングラス業界の大手企業である債務者においても、債権者ポルシェ・デザインのサングラスを知るに至つたのは昭和五五年のことであつたと認められる。

以上の諸事実を総合すると、別紙(一)(4)の標章を付したサングラスの存在自体、債権者ポルシェ・デザインの主張する時期においては、一般消費者はもちろん、わが国のサングラス業者においても広く知られていたと認めることはできず、その他これを窺わせる証拠もない。

そうすると、別紙(一)(4)の標章は取引者又は需要者に対して周知であつたということはできず、その周知性を前提とする債権者ポルシェ・デザインの本件申請は、その余の点につき判断するまでもなく失当というべきである。

三債務者の行為

1  債務者が、別紙(二)の各標章をその製造販売にかかるサングラスのフレーム及びその広告宣伝活動等に使用していることは、当事者間に争いがない。

なお、債務者代表者本人は、シンボルマークを使用していたのは三和自動車と協力関係のあつた昭和五五年ころまでのことで、以後は使用していないかのように述べるが、一方、<証拠>によれば、債務者の昭和五七年の販売促進用ディスプレイ用品中に右シンボルマークが使用されていることが認められることに照らして右債務者代表者本人尋問の結果は採用できない。

2  ところで、<証拠>によれば、債務者が右標章を使用するに至つた経緯は、次のとおりであると認められる。

(一) 債務者は、昭和五二年春ころ、三和自動車の富山県、石川県における代理店としてポルシェ車の販売をしていた富山市のワタヤ自動車工業株式会社(以下「ワタヤ自動車」という。)から、ポルシェの標章を付したサングラスの製造を依頼された。

右のサングラスは、ワタヤ自動車がポルシェ車の展示会をする際に宣伝のために使用するものであつた。

(二) 債務者はこれを引受け、ポルシェの標章を付したサングラスを六〇〇個製造し、同年六月のワタヤ自動車の展示会にあわせて五〇〇個を納入した。

そして、同年秋に残り一〇〇個のサングラスを納入するに際し、先に納入した右サングラスが展示会で話題になり、三和自動車にも全国的にこの企画を進めたい意向があるのを知つた。

(三) そこで、債務者は三和自動車とも連絡をとり検討の末、昭和五三年五月ころには、三和自動車の協力を得て債務者の自主的な企画としてポルシェの標章を付したサングラスを製造販売することを決定した。

そして、同年一一月ころの発売を予定して同年七月ころから準備にとりかかつていたところ、リコー時計株式会社(以下「リコー時計」という。)が時計、眼鏡等につきすでに「PORSCHE」の商標を出願中であることを知るに至つたので、とりあえず、サングラスの発売予定を翌昭和五四年春まで延期することとして、三和自動車に善処を求めた。

(四) しかし、これに対して三和自動車が積極的に動かなかつたため、債務者は昭和五四年四月ころ、ポルシェの標章を付したサングラスの企画を外部に発表したものの、その発売をさらに延期したうえ、リコー時計と交渉し、債務者が将来リコー時計に対し、ポルシェの標章付時計を発注することを条件に、リコー時計が商標登録出願中の権利のうち眼鏡に関する部分を分割して三和自動車に譲渡することの承諾を得た。

(五) 右合意に基づき、昭和五四年五月三一日、リコー時計から三和自動車に対し、リコー時計の「PORSCHE」の商標登録出願にかかる権利のうち眼鏡に関する部分の権利の分割譲渡がなされた。

なお、リコー時計の右出願公告は昭和四五年になされていたが、右に対しては昭和四六年二月に、債権者ポルシェ・アーゲーの関連会社であるドクトル・インジニール・ハー・ツェー・エフ・ポルシェ・コマンディット・ゲゼルシャフト(昭和四八年には債権者ポルシェ・アーゲーと合併)から特許庁に異議の申立てがなされていた。

このため、右の分割譲渡に際しては、右異議申立ての結果いかんにかかわらず、リコー時計は、分割譲渡の対価を返還しないこと等も合意された。

三和自動車は、右権利に異議申立てがなされていることを知つたのに、何ら債権者ポルシェ・アーゲーに問合わせるなどせず、右のように分割譲渡の契約をなした。

(六) そして、三和自動車は、債務者に対してこの権利の使用を許諾し、その契約締結のため、まず、昭和五四年一〇月に商標登録出願人の名義変更をなし、同年一二月二七日付で正式に債務者との間で「PORSCHE」の商標使用許諾契約を締結した。右契約の期間は、一年間とされたが、特段の事情のないかぎり、一年経過後も継続されることが予定されていた。

なお、三和自動車は右契約に際しても、債権者ポルシェ・アーゲーには何らの連絡もしなかつた。

(七) このような経緯の中で、債務者は、リコー時計との問題が解決した後の昭和五四年九月ころから別紙(二)の各標章を使用したサングラスを製造し、また、右標章を使用してポルシェ車と関連づけて右サングラスの宣伝、販売を開始した。

(八) 債権者ポルシェ・デザインのサングラスを昭和五三年五月から輸入販売していたリーベルマン社は、昭和五五年の眼鏡の展示会で債務者のポルシェ標章付サングラスを知り、債権者ポルシェ・デザイン及びその製造販売元であるカレラ社に善処を申し入れた。

その結果、債権者ポルシェ・デザインのみならず、債権者ポルシェ・アーゲーにおいても債務者のポルシェ標章を使用したサングラスが問題とされ、債権者らから三和自動車に対して、ただちに債務者のポルシェ標章の使用を中止させるよう命じられた。

(九) そこで、三和自動車が調査してみると、同社は債権者ポルシェ・アーゲーからその商標等の使用につき、これを他者に許諾するような何らの権限も有していないことが判明したため、三和自動車は、あわてて債務者と交渉を重ね、昭和五五年一一月一九日、三和自動車と債務者の前記商標使用許諾契約は、契約の日から一年をもつて終了し、以後効力を有しないことを合意した。そして、債務者の在庫品処分のために八か月の猶予期間を認めることとし、協議のうえ右契約終了日の昭和五五年一二月二七日現在の在庫品を一万八九〇〇ダースと確認することに合意した。

(一〇) ところが、債務者は、右猶予期間経過後も自己の製造販売するサングラス等に別紙(二)の各標章を使用し、従前と同様の宣伝広告活動を続けた。

このため、債権者ポルシェ・デザインのサングラスと債務者のポルシェの標章を付したサングラスとが市場に出回り、小売店では、両者は同一場所に展示され、しかも、債権者ポルシェ・デザインのサングラス用ディスプレーの上に債務者のサングラスが置かれるなどして両者が混同して扱われることもあり、また、消費者や業者から債務者のサングラスについてリーベルマン社に問合せがなされるなどして市場が混乱した。

以上の事実が認められ、右事実によれば、債務者は、債権者らに対し、少なくとも昭和五六年八月二八日以降は何らの権限もなく別紙(二)の標章を使用しているものと認めるのが相当である。

四標章の同一性又は類似性について

債務者の使用する別紙(二)の各標章は、債権者ポルシェ・アーゲーの本件標章と少なくとも書体が類似することは当事者間に争いがない。

そして、両標章を比較すれば、債務者の右各標章は、本件標章と酷似し、ほぼ同一であると認めるのが相当である。

五混同のおそれについて

そこで、次に、混同のおそれの有無につき判断する。

債務者は、この点につき、その製造販売するサングラス等に本件標章と類似の標章を使用しても、債権者ポルシェ・アーゲーの商品又は営業と競争関係になく、また、「シーレックス」の表示により商品の出所及び営業を明示しているから混同のおそれはないと主張する。

しかしながら、法一条一項一号及び二号にいう「混同ヲ生ゼシムル行為」とは、周知の他人の商品表示又は営業表示と同一又は類似のものを使用する者が、自己と右他人とを同一の商品主体又は営業主体と誤信させる行為のみならず、両者間にいわゆる親子会社の関係や系列関係、周知表示の商品化事業を営むグループに属する関係などの緊密な営業上の関係が存するものと誤信させる行為をも包含するものと解するのが相当であり、右により混同を生ぜしめるおそれのある行為と認められる限り、他に両者間に競争関係があることを要しないと解するのが相当である。

これを本件についてみると、前記認定のとおり、債務者が使用する標章は、債権者ポルシェ・アーゲーの本件標章と酷似し、ほぼ同一であつて、しかも債務者がポルシェ車と関連づけて広告宣伝活動を行なつていたことからして、債務者の商品及び営業活動と債権者ポルシェ・アーゲーの商品及び営業活動との間に前記の緊密な営業上の関係が存すると誤信させるおそれのあることは明らかであるというべきである。

競争関係を必要とする旨の債務者の主張は、前記のとおり採用のかぎりでなく、また、「シーレックス」等の表示がなされている旨の主張も右の意味での混同のおそれの認定を左右するものではないから理由がない。

そうすると、債務者の行為は、債権者ポルシェ・アーゲーの商品又は営業と混同を生ぜしめる行為に該当するものと認められる。

六営業上の利益を害されるおそれについて

前記認定の事実によれば、本件標章には、債権者ポルシェ・アーゲー及びその生みの親であるポルシェ一世が長年にわたつて築きあげた名声と信用が附帯しており、それは固有のイメージ及び品質保障機能、顧客吸引力を有しているものと認められ、これを保持することは、それ自体が営業上の利益であるというのが相当である。

しかるに、債務者のように本件標章とほぼ同一又は類似の表示を使用して商品を販売する者が多数あらわれ、これらの者が何らの統制に服さないまま本件標章と同一又は類似の表示を粗悪な商品に使用するとすれば、たとえそれが債権者ポルシェ・アーゲーの製造販売する自動車とは全く異種の商品であつたとしても、本件標章のもつイメージ及び品質保証機能が害され、ひいてはその顧客吸引力が弱められるおそれのあることは明らかである。

したがつて、債権者ポルシェ・アーゲーは、債務者の行為により、法一条一項柱書にいう営業上の利益を害されるおそれのある者に該当するものと認めるのが相当である。

七先使用の主張について

債務者は、昭和五二年から別紙(二)の標章を使用しているとして先使用を主張する。

しかしながら、債務者の右主張は、前記認定のワタヤ自動車の依頼によりサングラスを製造した事実に基づくものと認められるところ、右は単に注文どおりの商品を製造して納品したというにすぎず、ポルシェの標章を付した右商品は、債務者自身の標章使用としての意味を何ら有するものではないから、これを先使用の事実として主張するのは失当であるといわざるをえない。

そして、前記認定によれば、債務者が独自の企画として別紙(二)の標章を使用したのは、早くとも昭和五四年四月ころのことと認めるのが相当である。

<反証排斥略>

そうすると、債務者の先使用の主張は理由がないものというべきである。

八まとめ

以上の認定判断によれば、債権者ポルシェ・アーゲーは、法一条一項一号及び二号に基づき、債務者に対して別紙(二)の各標章の使用の差止めを求める権利を有するものと認められる。

これに対し、債権者ポルシェ・デザインには右のような権利が存しないものといわざるをえない。

第二保全の必要性

右のとおり、債権者ポルシェ・アーゲーは債務者に対し、別紙(二)の標章の使用につき差止請求権を有するものであるところ、債務者がその使用を継続するならばそれが本件標章のもつ名声、信頼等に対する重大な侵害となることは明らかであつて、このような侵害は、後日金銭的賠償によつて容易に回復しうる性質のものでないこともまた明らかといわざるをえない。

しかも、本件においては、債権者らの意向をうけた三和自動車から債務者が在庫商品の処分のために一定の猶予期間を与えられたにもかかわらず、右期間経過後も三和自動車との合意に反して標章の使用を継続していること等の経緯に照らすと、債権者ポルシェ・アーゲーの権利を保全する必要性は相当高いものと認めることができる。

債務者は、これに対して債務者側の事情をるる主張するが、右経緯に加えて、本件仮処分決定が債務者の営業を全面的に停止するものでないこと、債務者の営業に占めるポルシェ標章付サングラスの割合等をも考慮すると、本件仮処分決定が債務者に対し、企業としての存立を危うくするほどの影響を有するものとは認められない。

よつて、債務者の主張は理由がなく、本件は保全の必要性が存するものと認めるのが相当である。

第三結論

以上のとおりであるから、債権者ポルシェ・アーゲーの本件仮処分申請は理由があり、債権者ポルシェ・デザインの申請は理由がないものと認められる。

なお、債務者は、特別事情による本件仮処分決定の取消しを申立てるが、前記認定の諸事情に照らすと、債権者ポルシェ・アーゲーと債務者間の本件仮処分決定を取消すべき特別事情があるということはできない。したがつて、右取消しの申立ても理由がないものというべきである。

よつて、本件仮処分決定中、債権者ポルシェ・アーゲーの申請にかかる分は理由があるからこれを認可し、債権者ポルシェ・デザインの申請にかかる分は理由がないから取消してその申請を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条、附加期間につき同法一五八条二項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(高橋爽一郎 園部秀穗 石井忠雄)

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